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ぞくしゅう
俗臭
織田 作之助
「海風 第五巻六号」海風社、1939(昭和14)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 34,630 字 · 70 页
この女が挨拶をする時の時間の永さと馬鹿丁寧さにはいつも伝三郎の妻は困るのである。が、伝三郎の妻もその都度、相手に負けぬ程丁寧に挨拶するのだった。今も、伝三郎の妻は何ということもなしにぺこりと頭を下げねばならなかった。市治郎の妻が両手を膝の上に重ね直すのを見ると、伝三郎の妻は襟元を直し、裾をひっぱって威儀を正す。この女達はいわばお互いのエチケットに夢中で、権右衛門の浪花節は碌にきかなかった。が、終って、一番先きに拍手したのはこの二人だった。
拍手されて権右衛門は照れた。
「いやあ。こらえらい恥さらしやな」
そう言って頭のてっぺんをかく権右衛門の姿は仲々愛嬌がある。三十六歳で始めて一万円貯めた時に生やした口髭は彼の威厳に非常に関係あるものだが、この時はむしろ好色的にすら見えた。
「三味線が無いでな。さっぱりどうも」ふと思いついた様に、「どや、皆で一丁散財に行こら。お初つぁん。お前も一緒に来ィな」
「へえ/\。お伴さしてもらいまっせ」
いうだけは云ったが、初乃は、権右衛門は大変酔っていると思った。人々は顔見合せた。
「おやっさん。本当だっかいな」
今晩女郎買いに行く事に決めていた春松はその事を一寸念頭においていった。