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はいゆうせいかつについて
俳優生活について
宮本 百合子
「テアトロ」1946(昭和21)年11月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,144 字 · 6 页
内面的に、そして行動の上で動揺する人物を描き出すとき、俳優としては一個の確立した人間的存在でなければ、それが描き出せないという事実は、実にわたしをつよく感銘させた。それは上手、下手の問題より、もっと根柢の課題である。人及び俳優として存在することの可能と不可能の問題である。
文学の面にも、「確立した地位」をもっている作家たちは幾人もある。荷風など最もその例である。しかし、文壇というものがもしあるなら、或は読者の事大主義というものに立っていうならば、「確立した地位」は必ずしも、人間らしい地位でもないし、明日の保障をうけた歴史の前進に伴う地位でもない。或は「悲しきかかし」の別名かもしれないのである。
演技の前提としての人間的確立などということは、近代の芝居道ではおどろくべく古い云い草なのだろうと思う。きくまでもない、と思われるにちがいない。けれども、日本の社会は、全体が、分りきったこと、云われるまでもないことが、又改めてとりあげられるべき時期にある。新民主主義という日本の面している歴史の段階は、そういう時期なのである。演劇の世界が封建的なしきたりからぬけ切っていないことは土方与志さんのような世界を歩いて来た演出家でさえ、日本の今日の芝居の社会で口をきくときは東宝さん、何々さん、と昔風な仁義の口調をつかっておら