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はいくとはどんなものか

俳句とはどんなものか

高浜 虚子

「ホトトギス」1927(大正2)年5~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 51,046 字 · 99 页

青空文庫

これはとりもなおさず和歌はある点まで四季すなわち時候と深い関係をもっているがしかし無関係でも成り立ち得るのみならず恋、羈旅、無常などという強く人情を刺激する性質のものにはさらに季のものを必要としないということを証明しているのであります。がそれが俳句になりますと四季の分類以外に出るものは一句もなく、たとい恋、羈旅、無常などを詠ずるとしましても必ずそれは季のものを詠みこむのであります。歌の方では卑近な百人一首から例をとってみますと、

秋の田の刈穂の庵の苫を荒み我衣手は露にぬれつゝ

春過ぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふあまのかぐやま

これらは太字が皆季のものでありますから四季の分類に入るべき和歌でありますが、

夜をこめて鶏の空音ははかるとも世に逢坂の関は許さじ

魂の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする

などという恋歌は四季の分類に入れようとしても入れようがありません。ところが俳句になりますと、

紅梅や見ぬ恋つくる玉簾  芭蕉

短夜や伽羅の匂ひの胸ぶくれ  几董

というような恋句のごときものでもちゃんと太字のような季のものが読みこんであります。私は例によって簡単に句意を説明して、この二つの恋句の上に季のものがどれだけの力をもっているかを調べてみることにいたしましょう。