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はいくとはどんなものか

俳句とはどんなものか

高浜 虚子

「ホトトギス」1927(大正2)年5~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 51,046 字 · 99 页

青空文庫

つまり芭蕉が閑寂趣味に立脚したことを推称しているのであります。伊賀の山中で樹上にいる猿を見た時におりふし初時雨が降ってきた、その初時雨の淋しさが腸に沁みこむように覚えられた時自分の情を猿に移して猿も蓑をほしげだと言ったその心持に俳諧の生命はあるというのであります。

「何事ぞ」の句は花を見るのに何の必要があって長い刀をさしているのだ、無用なことだ、と伊達に長刀を帯びている人の無風流をあざけったのであります。

「馬は濡れ」の句は時雨のある地を画して降る光景をいったので、同じ一つの野でもそこにいる馬は濡れ、かしこにいる牛には日が当たっているというのであります。

「いろ/\の」の句は、春になっていろいろの草が萌え出る、嫁菜とか薺とか蓬とか芹とかそれぞれ名があるが、それを一々覚えるのは難しいことだというのであります。こういううちにもその春の草に親しみを持った心持があります。

「水鳥の」の句は、水鳥が水中に物をついばんだ時、そこに浮いていた梅の花がそのくちばしについた、というのであります。即景の句であります。

「行き/\て」の句は、曾良が芭蕉の伴をして長い旅行をしていた時、途中で腹痛を催した、その時作った句でどこまでも行ってみよう、倒れるまで行ってみよう、萩の原でもあったらそこへ倒れるまでだ、というのであります。