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びぜんてんいちぼう

備前天一坊

江見 水蔭

「現代大衆文学全集」平凡社、1928(昭和3)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,511 字 · 25 页

青空文庫

いや、この家も以前には浮かれ女を数多召抱えて、夕に源氏の公を迎え、旦に平氏の殿を送られたものじゃが、今ではただの旅人宿。出て来る給仕の女とても、山猿がただ衣服を着用したばかりでのう」と説明の委しいのは既にこの土地に馴染の証拠。

「したが、女中は山猿でも、当家の娘は竜宮の乙姫が世話に砕けたという尤物。京大阪にもちょっとあれだけの美人は御座るまいて」と黒い浪人は声を潜めながらもニコニコ顔で弁じ立てた。

「や、駒越氏には、もう見付られたか。余の儀は知らず女に掛けては恐しく眼の利く御人でがな」と総髪の人は苦笑を禁じ得なかった。

「何はしかれ、先ず酒に致そう」と色の黒いのが向き直った。

「いや、その前に、当家の主人を呼出して、内意を漏らしてはいかがで御座りましょう」と総髪のがちょっと分別顔をした。

「なる程、俊良殿の云われる通り、それが宜しかろう」と若侍は賛成した。

早速呼出された当家の主人半田屋九兵衛。これが土地での欲張り者。儲かる話なら聴くだけでも結構という流儀。その代り損卦の相談には忽ち聾になって、トンチンカンの挨拶で誤魔化すという。これもしかし当時の商人気質を代表した人物であった。