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ひかりのないあさ

光のない朝

宮本 百合子

「サンデー毎日」1923(大正12)年3月20日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,418 字 · 11 页

青空文庫

暮のことで、表通りの方からは売出しに景気をつける楽隊の音が聞えて来る。おもんは、赧い髪の蓬々とほつれた小さい頭で、ぼんやり正月の楽さを想っていた。彼女にも、貧しいながら少女らしい正月のよろこびはあった。大晦日の晩、一枚桃色の襟巻を買って貰う約束が、母親との間に結ばれていたのである。

おもんは、いきなり自分を呼ぶ母親の鋭い声に驚かされた。

「おもん、お前沢田のおばさんの処を知っているだろう?」

性質の機敏でないおもんは、不意を打たれてぼんやり母の色艶のわるい顔を見上げた。

「ほら、この間も来た――お産婆さんだよ。赤い電燈のついた」

おもんは、あわてもせず、

「あそこなら知ってるわ」

と答えた。

「駈けてってね、直ぐ来て下さいって。直ぐだよ」

母親は、堪え難い苦痛を覚えるらしく、眉根を歪め、体を折り曲げて縁側から這い上った。

使を果して帰って見ると、母親は床に就いて、俄に怖ろしくなった眼を凝(じ)っと天井に見張りながら、時々低い唸り声を出している。産婆と入れ違いに台所へ逃げて来ても、おもんは、ウワウワと膝頭の震えるのを止めることが出来なかった。どんな可怖(こわ)いことが起ろうというのだろう。