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いちょう

公孫樹

豊島 与志雄

「改造」1925(大正14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,764 字 · 20 页

青空文庫

そしてあたり近所の騒ぎに、耳がごーっと遠鳴りするようだった。垣根も半ば壊されていて、消防夫が駆け廻っていた。

僕はまた家の中にとって返して、父と同じように、「大丈夫だ、大丈夫だ、」とくり返した。それから皆一緒になってまた裏口から覗きに来た。隣家の火勢は強かったが、危険の度はへっていた。皆震えながらぼんやりと立っていた。

火事は隣家を焼いただけで済んだ。そして僕の家は、垣根を壊されたくらいの損害だったが、公孫樹は隣家に近く聳え立っていたので、火気と火の粉とを受けて、憐れな姿になっていた。まだ青々としていた葉は、小さく焦げ縮れてしまって、殊に隣家に面した方は、可なりの枝まで焼け枯れていた。そして幹の半面には、一間ばかりの長さに大きな傷を負っていた。とても助かりそうになかった。

然し父は、なお公孫樹を見捨てなかった。植木屋を呼び寄せて、すっかり手当をしてやった。

「この木のために家は救われたのだ。」と父は云った。

実際その公孫樹の茂みがなかったら、家はもっと直接に火気を受けて、或は大事に至ったかも知れない。父ばかりでなく皆の者も、一種の感謝の念を覚えたのだった。