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いちょう

公孫樹

豊島 与志雄

「改造」1925(大正14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,764 字 · 20 页

青空文庫

」

私達はもう歩き出していた。そして、吉住は最後の言葉を投げ出すように云い捨てて、憂欝そうに黙り込んでしまった。

彼が憂欝になると、一つの癖がある。下唇の端を犬歯で軽く噛んで、眼をしょぼしょぼとさせるのである。でその時――というのをくわしく云えば、朝から碁を囲んでいい加減疲れて、夕飯でも食おうとて出かけて、帝大の裏門から正門へぬける途中、砂利の煮られるのから、次に公孫樹のことになって、彼が急に憂欝な態度を取ってしまったため、私まで変に気が挫けて、彼のしょぼしょぼした眼から何かを読み取ったり、犬歯で軽く押えられてる唇をほどかしたりする、そんな努力が大儀になって、黙って彼と肩を並べて歩いた。

初め私達は、大学をつきぬけたら正門前から電車に乗って、日本橋の方へ行くつもりだったが、それも面倒くさくなって、どちらから云い出すともなく、正門近くのレストーランで、簡単に飯を食うことにした。

所が、そのレストーランの二階に腰を落付けると、自然と眼の向く表通りに、やはり公孫樹の街路樹が植っていて、小さな可愛いい葉の萠え出してるのが、硝子戸越しに見えていた。まだ時間が早くて、電気の来ない室内がぼうっとしてるだけに、外の明るみが際立って、公孫樹の梢がすぐ眼先にまざまざと浮出してきた。