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しょとうのにっきから
初冬の日記から
寺田 寅彦
「中央公論」1934(昭和9)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,930 字 · 20 页
そういうある日の快晴無風の午後の青空の影響を受けたものか、近頃かつて経験したことのないほど自由な解放された心持になって、あてもなく日本橋の附近をぶらぶら歩いているうちに、ふと昨日人から聞いた明治座の喜劇の話を想い出してちょっと行って覗いてみる気になった。まだ少し時間は早かったが日本橋通りをぶらぶらするのも劇場の中をぶらぶらするのも大した相違はないと思って浜町行のバスを待受けた。何台目かに来た浜町行に乗込んだら幸いに車内は三、四人くらいしか乗客はなくてこの頃のこの辺のバスには珍しくのんびりしていた。腰をかけて向い側を見ると二十歳くらいの娘がいる。どこかで見たような顔である。
KFという女優らしい。それはこれから見に行こうとしている明治座の喜劇に出演する筈のその当人であるらしい。舞台顔は数回、但しいつもだいぶ遠方の二等席からではあるが、見たことがあり、演芸の雑誌などでしばしば写真を見たことがある。しかし、それにしても乗っているのが青バスであるのに、服装がどうも自分の想像している名代女優というものの服装とはぴったり符合しない。多分銘仙というのであろう。