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しょとうのにっきから

初冬の日記から

寺田 寅彦

「中央公論」1934(昭和9)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,930 字 · 20 页

青空文庫

劇場から差しむけの迎えの自動車であろうか、それとも自用車であろうか、とつまらぬ議論をしたことであった。

そんなことを考えているうちに人形町辺の停留場へ来るとストップの自働信号でバスはしばらく停車した。安全地帯に立っていた中年の下町女が何気なしにバスの間を覗いていたがふと自分の前の少女を見付けてびっくりしたような顔をして穴の明くほど見詰めていたようである。

浜町近くなる頃には他の乗客はもうみんな下りてしまって、その少女と自分と二人きりになってしまった。「失礼ですがあなたはKさんですか」ちょっとそう云って聞いてみたいような気がした、と同時に、それが自然に何のこだわりもなく云えるまでに到達していない自分を認識することが出来たのであった。

明治座前で停ると少女は果して降りて行く、そのあとから自分も降りながら背後から見ると、束ねた断髪の先端が不揃いに鼠でも齧ったような形になっているのが妙に眼について印象に残った。少女は脇目もふらずにゆっくり楽屋口の方へ歩いて行く。やはりそれに相違なかったのである。

開場前四十分ほどだのにもうかなり入場者があった。二階の休憩室には色々な飾り物が所狭く陳列してあって、それに「花○喜○丈」