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こくこく
刻々
宮本 百合子
「中央公論」1951(昭和26)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,401 字 · 73 页
三時間ばかりしてケイ紙は白いまんま、自分は留置場へ追い下ろされた。
その日の夕暮、今野が片手で痛む左の耳を押えたなり蒼い顔をして高等室から監房へかえって来た。
「何ちった?」
そう云って訊く看守におこった声で今野は、
「あんな医者になんが分るもんか。道具ももって来やしない。ひやしていろと云ったヨ」
と、足をひきずるようにして保護室に入った。風邪で熱が出て扁桃腺が膨れていたところをビンタをくったので耳へ来て、二日ばかりひどく苦痛を訴えた。濡れ手拭がすぐあつくなる位熱があって、もう何日か飯がとおらないのであった。保護室には看護卒をしたというかっ払いが二人いて看守に、
「こりゃきっと中耳炎だね、あぶないですよ旦那放っといちゃ」
などと云い、今野自身も医者に見せろと要求した。
「貴様らァわるいこったら何でも知っていようが、医者のことまじゃ知るまい。余計なこと云うな」
だが、今日は呻るように痛いので自分まで要求してやっと医者を呼ばせたのであった。その医者が、ひやしていろ、と、つまり診ても診ないでも大して変りのないことを云ったのだ。
夜中に酔っぱらいが引っぱって来られ、廊下の隅に眠っていた自分は鼻の穴がムズムズするような埃りをかぶって目を醒した。