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こくこく
刻々
宮本 百合子
「中央公論」1951(昭和26)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,401 字 · 73 页
をデマっているらしいよ」
「ほか、無事かしら」
「わかんない。……でも」
一寸言葉を区切り、やや早口で、
「――無事らしいね」
彼が誰のことを云っているか分って、私は口に云えぬ感じに捕えられ、黙って大きく深く合点をした。
特高が留置場へ来た。
自分を出させ、紺木綿の風呂敷でしばった空弁当がつんであるごたごたした臭い廊下へ出るといきなり、
「女中さんが暇を貰いたいらしい様子ですよ」
と云った。いかにも気を引いて見ようとする抑揚だ。自分はむっつりして黙って歩いた。
二階の塵っぽい室へ入ると。
「じゃ、一寸これに返事を書いてやって下さい」
と、半紙に書いたヤスの手紙を見せた。面会させてくれと来たが、会わされないから返事だけ書けというのだ。警察備品らしい筆で、
「国の父から電報が参りまして、すぐかえれ、帰らなければこれきり家へ入れないといってまいりました。まことにすみませんがかえらしていただきます。
ヤス
中條様」
紡績絣に赤い帯をしめた小娘のヤスの姿と、俄にガランとした家と、そこに絡んでいるスパイの気配とをまざまざ実感させる文章であった。仰々しい見出しで、恐らくは写真までをのせて書き立てた新聞記事によって動乱したらしい外の様子も手にとるように察しられる。