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ぜんきてんまやけ

前記天満焼

国枝 史郎

「文芸倶楽部」1927(昭和2)年6月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 48,568 字 · 98 页

青空文庫

「考えるにも及ぶめえ」

「十両取るか」

「どう致しまして」

「それじゃアあっちへ行くつもりか?」

「云うにゃ及ぶだ、倍も食えらあ」

「きっとか」と黒鴨は眉を縮めた。

「何時如何なる時代でも、もっと食える方へ行くものさ」

「ホッ、ホッ、ホッ」

嘲笑である。黒鴨が嘲笑をしたのである。

が何とその嘲笑、残忍性を帯びていることか。

「そうか、だがな、オイ若侍、そうなった日の暁には、拙者の矢面へ立つのだぞ!」

「よかろう、大将、戦おうぜ!」

「まずこうだあァ――ッ」と凄い気合を、かけると同時に抜いた太刀で、のめらんばかりの掬い切り、若侍の股の交叉を、ワングリ一刀にぶっ放した。――と云う手筈になるところを、飛び違った若侍は、

「こっちもこうだあァ――ッ」と浴びせかけ、飛び違う間に抜いた太刀を、ヌ――ッとのすと振り冠った。

で、無言だ。静かである。ハタハタハタ……ハタハタハタと、夜風に靡く五月幟の、音ばかりが聞こえてくる。

位取った二人は動かない。藤の花の匂い、ほのかであり、十六夜の光、清らかである。こんな奇麗な佳い晩に、二人は斬り合おうとするのであった。

二人は動いて、太刀音がした! 即ち鏘然、合したのである。