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ぜんきてんまやけ

前記天満焼

国枝 史郎

「文芸倶楽部」1927(昭和2)年6月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 48,568 字 · 98 页

青空文庫

ちょうどこの辺りまで来た時であった、夕陽が消えて宵となった。

「今日の講義はまずこの辺りで……」

云い捨て中斎が立ち上ったので、門弟一同も学堂を出た。

…………

居間に寛いだ大塩中斎は、小間使の持って来た茶を喫し、何か黙然と考えている。怒気と憂色とが顔にあり、思い詰めたような格好である。

すると、その時襖の陰から、

「宇津木矩之丞にございます。ちょっとお話し致したく」

「ああ宇津木か、入っておいで」

現われたのは若侍で、つつましく膝を進めたが、すぐに小声で話し出した。

「いよいよ平野屋では例の物を、江戸へ送るそうでございます」

「ふうんそうか、いよいよ送るか」

「どう致したものでございましょう?」

「そうさな」と中斎は考え込んだ。怒気とそうして憂色とが、いよいよ色濃くなってきた。

「やっぱりこっちへ取り上げることにしよう」

「はい」と云ったが矩之丞の顔には、不安と危惧とが漂っている。

「後世史家が何と申すやら、この点懸念にござります」

「うむ」と云ったが大塩中斎も、苦渋の表情をチラツカせた。

「拙者もそれを危惧ている。と云って目前の餓鬼道を見遁しにしては置けないな」

「先生の御気象と致しましては、御理千万に存ぜられます」