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ぜんきてんまやけ

前記天満焼

国枝 史郎

「文芸倶楽部」1927(昭和2)年6月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 48,568 字 · 98 页

青空文庫

……ね、お嬢様、お嬢様。……」

「すぐ眼の前にいなさるのだよ。……ほんのちょっとした物の陰に。……妾には解る! 妾には解る!」

「……どうでもお気が狂われた。……あれ誰やら参ります。……お部屋へお入りなさいまし。……オヤ、お前東三さんか」

すると男の声がした。

「ああ蔵番の東三さ。……お繁さんお前何をしている」

「お嬢さんが出なさろうというのだよ。……それで妾は止めてるのさ」

「ふん」と東三の声がした。

「お前から勧めているのじゃアないか。……ただの乳母さんとは異うようだなあ」

「何だよ」とお繁の声がした。

「そういうお前さんだっていい加減変さ」

25

娘の品子の声がした。

「東三、東三、悪党だねえ!」

「何を仰有います、お嬢様! ……おいお繁さん、奥へお連れ申せ! ……裏庭なんかを歩かせてはいけない」

「お部屋から抜けて来られたのだよ。……ね、お嬢様、内へ入りましょう」

お繁とそうして東三とが、品子をなだめる声がしたが、やがて立ち去る足音がして、しばらくの間はひっそりとしたものの、またもや足音が聞こえてきた。

「お嬢さんには驚いたなあ。……どうしてお感づきなすったのだろう。