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けんきょう
剣侠
国枝 史郎
「山形新聞」1936(昭和11)年3月~8月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 156,961 字 · 310 页
豊かの頬、二重にくくれた頤、本来の老武士の人相は、円満であり寛容であるのに、額を癇癖の筋でうねらせ、眼を怒りに血ばしらせている。
これに反して壮年武士の方は、怒りの代わりに嘲りと憎みを、切長の眼、高薄い鼻、痩せた頬、蒼白い顔色、そういう顔に漂わせながら、焦心る老武士を充分に焦心らせ、苦しめるだけ苦しめてやろうと、そう思ってでもいるように、ジワリジワリと迫り詰めていた。
(やるな)
と浪之助の思った途端、壮年武士の木剣が、さながら水でも引くように、左り後ろへ斜めに引かれた。
誘いの隙に相違なかった。
それに老武士は乗ったらしい。
一足踏み出すと真っ向へ下ろした。
壮年武士は身を翻えしたが、横面を払うと見せて、無類の悪剣、老武士の痩せた細い足を、打ったら折れるに相違ない、それと知っていてその足を……打とうとしたきわどい一刹那に、
「あれ、お父様」という女の声が、息詰まるように聞こえてきた。
正面に立っている屋敷の縁に、十八九の娘が立っていた。
跣足でその娘が駈け寄って来たのと、老武士が木剣を閃めかせたのと、壮年武士が「参った」と叫び、構えていた木剣をダラリと下げ、苦笑いをして右の腕を、左の掌で揉んだのとが、その次に起こった出来事であった。