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べんきょうき

勉強記

坂口 安吾

「文体 第二巻第五号(五月増大号)」1939(昭和14)年5月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,952 字 · 36 页

青空文庫

チベット語や梵語というものは、辞書が引けず、読むことができなくとも、ちゃんとそれで読めている結果になっているのかも知れぬ。そうして栗栖按吉は辞書もろくに引けないうちに、ちゃんと原書を読んでいる気持になってしまうのだった。

そのころ、栗栖按吉は不思議な学者と近づきになった。

この学者はゴール共和国のラテン大学校の卒業生で、言語学者であった。東洋の二十数ヶ国語に通じているという話なのである。鞍馬六蔵という大変雄大な姓名だったが、いかにも敏捷な学者らしく、五尺に足らないお方であった。

鞍馬先生は追分の下宿を二室占領して数千巻の書籍と共にくすぶっていたが、朝になると、大概脱脂綿にアルコールをしめして、丁寧に本を拭いていらっしゃる。というのは、最近鞍馬先生に夢遊病の症候が現れて、先生は夜中無意識のうちに歩行し、最も貴重な本箱に向って放尿し、またお眠りになる。そこで先生は毎朝目を覚して仰天し、アルコールで本をふく始末になるのであったが、夢遊病はとにかくとして、貴重な書物に放尿するに至っては、どうにも悲痛なことである。要するに夜中尿意に悩まなければいいのであるから、先生は午後になるとお茶をのまず、その上部屋の四隅へ溲瓶を置いたが、無意識中における先生の意志はどうしても本に向って放尿せずには納まらない。