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べんきょうき

勉強記

坂口 安吾

「文体 第二巻第五号(五月増大号)」1939(昭和14)年5月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,952 字 · 36 页

青空文庫

なるほど辞書はひくために存在するのであるけれども、言葉は辞書をひくために存在するのではないようである。梵語やチベット語の辞書をひくのは健康に宜しく食慾を増進させ概してラジオ体操ほどの効果があるとはいうものの、辞書は体育器具として発売されたものではない。そこで栗栖按吉は大汗かいてチベット語の伝授を辞退することに努めたが、鞍馬先生という方は他人にも意志だの好き嫌いだのというものがあることなど、とんと御存じないのである。

「いや、君々」と先生は仰有る。「チベット語は仏教のために存在する言語ではないです。君、興味のない印度哲学は即座に止すべきところだね。そしてチベット学者になりたまえ。元来チベット語の話せる人は日本に四五人いるいないの程度だぜ。即ち君は六人目だな。一ヶ国語に通じることはその国土と国民を征服したことになるんだぜ。そうだろう。君」

どうも先生の話はうますぎる。おだてには至って乗り易い按吉だったが、言葉を征服すれば国土と国民を征服したことになるという、女の人に道を尋ねて女の人が返事をしてくれれば、女の人をわが物にしたことになるというのと同じようなものじゃないか。