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きたのふゆ

北の冬

小川 未明

「新小説」1908(明治41)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,166 字 · 11 页

青空文庫

耳を澄すと確に日本海の波音である。二人はやっと橋の上を渡った。……岸に雪が積っていて、河の流れは細くなって、殆んど見えなかった。二人は橋を渡って、またあるかなきかの道をたどった。漠々として四辺には一人の影も認めなかった。

私は今でも、その当時の光景を覚えている。遥か彼方に二本の杉の木が見えて、右手に藁屋が見える……その向うの方から一人の白装束をした男が来た。長い棒を突いて、胸にきらきらと光る鏡をかけて、頭髪は黒く蓬のように縺れて、何か腰の周囲にじゃらんじゃらんと曲玉のようなものが幾つも吊下っていた。……私は不意に先刻母が語って聞かせた大貫村の幽霊話を思い出して、急いで母の後に隠れて、しかとしがみついた。

「怖くないよ……。」

と母はいった。

北方の灰色の空は眠っている。その雲の中からでも降りて来ように長髪白衣の鏡を胸にかけた男は、雪道の上を此方にざくざくと歩いて来た。彼方には彼の杉の木と、藁屋が、それも遠方に見えるばかりである。……やがて男は、もう五六間に近づいた。私はこの時怖る怖る顔を出して覗くと、頭には笠も被らず、口も顎も真黒に髭が延びている。青褪めた顔には額まで髪が掩被って眉毛は太く眼の光は異様に輝いていた。