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きただけとあさひだけ

北岳と朝日岳

木暮 理太郎

「改造」1929(昭和4)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,121 字 · 16 页

青空文庫

下るとなれば一刻も早い方がよい。それで左の谷を目懸けて、竪樋のような岩の窪を木につかまりながら百五十米も下ると、細い谷に清冷な水が流れている。一同飽まで夫を飲んで漸く蘇生の思いをした。更に尾根という程でもない小さな隆まりを二つ踰えると恵振谷の河原に出て、其処に野営した。落口からは百三、四十米の高距にある地点である。

野営地の附近は水楢、橡、椈、などの大木が鬱蒼と繁った見事な闊葉樹林である。河原の平な砂地に天幕を張って、清い水に一日の汗を洗い流し、ゆったりした気持で焚火の周りにくつろいだ心地は、いつものことながら実に好い。夜は蒸し暑いこともなく、朝は火の側が恋しい位であった。

午前七時半に野営地を立って雪渓の終りまで登り詰めたのが午後二時であるから、休憩時を合せて七時間近くを費している。懸崖と深潭と瀑布と奔湍との連続ともいう可きこの谷は、小規模ながら人の冒険心を満足せしむるに足る要件を備えている。今にも崩れ落ちそうな雪橋を渡ったり、綱を用いて懸崖を人と荷物と別々に下ろしたり、岩壁の一寸した窪みに手足を托して、危く淵の上を横にへずったり、又は守宮のように壁にへばり付いて、飛沫を顔に浴びながら、瀑を超えたりする。