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じゅうばんざっき
十番雑記
岡本 綺堂
「思ひ出草」相模書房、1937(昭和12)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,745 字 · 16 页
売る人も、買う人も、足下の悪いなどには頓着していられないのであろうが、私のような気の弱い者はその泥濘におびやかされて、途中から空しく引返して来ることがしばしばある。
しかも今夜は勇気をふるい起して、そのぬかるみを蹈み、その混雑を冒して、やや無用に類するものを買って来た。わたしの外套の袖の下に忍ばせている梅の枝と寒菊の花がそれである。移転以来、花を生けて眺めるという気分にもなれず、花を生けるような物も具えていないので、先ごろの天長祝日に町内の青年団から避難者に対して戸ごとに菊の花を分配してくれた時にも、その厚意を感謝しながらも、花束のままで庭の土に挿し込んでおくに過ぎなかった。それがどういう気まぐれか、二、三日前に古道具屋の店さきで徳利のような花瓶を見つけて、ふとそれを買い込んで来たのが始まりで、急に花を生けて見たくなったのである。
庭の紅梅はまだなかなか咲きそうもないので、灯ともし頃にようやく書き終った原稿をポストに入れながら、夜の七時半頃に十番の通りへ出てゆくと、きのう一日降り暮らした後であるから、予想以上に路が悪い。師走もだんだんに数え日に迫ったので、混雑もまた予想以上である。