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じゅうばんざっき

十番雑記

岡本 綺堂

「思ひ出草」相模書房、1937(昭和12)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,745 字 · 16 页

青空文庫

一枚の冬着さえ持たない我々は、どんな粗末なものでも好いから寒さを防ぐ準備をしなければならない。夜具の類は出来合いを買って間にあわせることにしたが、一家内の者の羽織や綿入れや襦袢や、その針仕事に女たちはまた忙がしく追い使われた。

目白に避難の当時、それぞれに見舞いの品を贈ってくれた人もあった。ここに移転してからも、わざわざ祝いに来てくれた人もあった。それらの人々に対して、妻とわたしとが代る代るに答礼に行かなければならなかった。市内の電車は車台の多数を焼失したので、運転系統が色々に変更して、以前ならば一直線にゆかれたところも、今では飛んでもない方角を迂回して行かなければならない。十分か二十分でゆかれたところも三十分五十分を要することになる。勿論どの電車も満員で容易に乗ることは出来ない。市内の電車がこのありさまであるから、それに連れて省線の電車がまた未曾有の混雑を来している。それらの不便のために、一日苛々しながら駈けあるいても、わずかに二軒か三軒しか廻り切れないような時もある。またそのあいだには旧宅の焼跡の整理もしなければならない。震災に因って生じた諸々の事件の始末も付けなければならない。