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ちよこ

千世子

宮本 百合子

「宮本百合子全集 第二十八巻」新日本出版社、1981(昭和56)年11月25日

N3 · 进阶 · 新字新假名 · 83,104 字 · 164 页

青空文庫

きまった日っから母は急にそわそわし出して弟の着物をそろえたり、自分の羽織をぬったりして毎日毎日供について行く女中と一緒にあくせくあくせくして居た。

皆の働く中でポッツンと千世子はもって行く本や原稿紙なんかをひねくりひねくりして居るばっかりで何をどうしていいんだか分らない様な気持で居た。

「まだすっかりなおって居ないんだネエ、どうしていいかわからない様になるなんて――」

「何をしていいか分りゃあしない」と云ってかんしゃくを起すのを見て母親は斯う云った。

「どうだね、この分じゃああしたもかなりあったかそうだから行っちゃあ、送って行ってもあげられるし」

父親がこんな事を云い出した。

二人は何かしきりに話し合って居る内に行く事にまとまったと見えて女中にドレッスケエスを出させるやら、小田原に電話をかけるやらして父親は時間表を見て居た。

「ちいちゃんもう御ねかえ、あした行くんだってサ、そのつもりで御いで……」

とまっしろい中にうずまって居る千世子に声をかけた。千世子はひよっこの様に目をパチッとしたっきり返事もしないでザワザワする空気の中にひたって居た。

Hと一寸も会わずにたとえ十日か二十日の事でも行くと云う事は何だかそれっきり長い間会われないものになってしまいそうな不安がおそって来た。