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ちよこ

千世子

宮本 百合子

「宮本百合子全集 第二十八巻」新日本出版社、1981(昭和56)年11月25日

N3 · 进阶 · 新字新假名 · 83,104 字 · 164 页

青空文庫

ほんとうを云えば千世子より前に母親は海にあきて居たけれ共本人が、つれて来た本人がいやだとも云わないのに又それほどよくも見えないのに帰ろうと云う事はあんまり不真面目な様に思って居た。

「もうかえりましょう」

と云うのを心まちにまって居た。

東京に電話をかけすぐ一日置いた日に立つ事にきめてしまった。

千世子はこっちに来る時よりよけいにうれしそうにして居た。目をまっくろに光らせて健康らしい気まぐれな顔色をして母の女中相手のはかどらない荷造りまで手伝った。その前の晩は目があいたまんまで一晩中すごしたほどはずんだ心で居た。

丁寧な主人夫婦の礼言葉や子供達の御名残の言葉なんかは夢中にきいて電車に国府津までそれから汽車にのってしまった。

ゆられながら千世子はあんまりあわただしい立ち様をふり返っていろいろと思い出した。あの日に宿の女中が私の髪を結うのを見て居て手のものをおっことした事もあったっけ、あの時には――この日には――もうとっくに過ぎ去った事の様に千世子はくり返して、一番おしまいに小峯に行った事、手紙の事、それからさっき達っちゃんが、

「さようなら、又ね」

と云った言葉が思い出された。