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ちよこ

千世子

宮本 百合子

「宮本百合子全集 第二十八巻」新日本出版社、1981(昭和56)年11月25日

N3 · 进阶 · 新字新假名 · 83,104 字 · 164 页

青空文庫

うす青かった暁の光線は段々赤味をおびて来て、窓がらすがキラキラする様になった。

太陽の暖味と薪の赤さでのぼせる位部屋の中はあつくなった。千世子はこんなにうれしくこんなに神秘的だった暁がさわがしい昼間にかわる事がいかにもつらかった。

「Hさんもお嬢さまも御湯がわきましてす」

束髪を額にずるっこかせた女中がまどから牛みたいに首を出して云ったのを始めに千世子の囲りをかこんで居た人間ばなれのした美くしい想いがぶちこわされはじめた。

「ハイ」

気のない返事をしてからいかにもおしそうに、

「又昼間になりましたねエ、自分の心にお面をかぶせる時が来ましたワ」

と云って寝間着の裾をけった。

千世子は湯殿で一寸もねなかったのに顔や手を洗う事なんかはいかにもとっつけた様な馬鹿馬鹿しい事に思われた。虹の様な光りをもってこのうでまでついて居るシャボンのあぶくにさっきの気持が洗いさらされてしまった様になって、まっぴるまに見る瓦屋根の様なすきだらけなはげっちょろなものになってしまった。

午前中はとりとめのない事に時をつぶしてしまい、午後からはHもいそがしく、千世子も興にのって夕飯まで書きつづけたんでいつもの様に話もでず平凡な一日を送った。