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ちよこ

千世子

宮本 百合子

「宮本百合子全集 第二十八巻」新日本出版社、1981(昭和56)年11月25日

N3 · 进阶 · 新字新假名 · 83,104 字 · 164 页

青空文庫

竹がはなれるともんどりうってかぶりもののとれた下から白っぱげた役者の素がおが出ると同じ事にネ。自分でどうしようもなくなってしまうんですワ、そうなってしまうと……」

千世子はあきらめた様な口調に云って白い紙の上に線を引く事をやめないHを見て又ペンをにぎった。

しばらくすると母親が、

「御精が出る事、一寸しゃべりませんかもうじきお茶が出ますよ」

と云って入って来た。千世子は一寸ふりかえって笑って居るはぐきの色のわるいのと前髪のしんののぞいて居るのを見てたまらなくきたないものを見せられた様な気になって一寸まゆをひそめて又紙に目を落した。

うしろの方で新しい女の事を論じて居る母親の声がいやに耳ざわりになってたまらなくって「おやめ」と云われるのにはきまって居るのにピアノに向ってベートーベンのソナタを弾き出した。

時々出て来る「あのこ」と云う声のきこえる時には規則はずれになるのもなんにもかまわずにペタールをふんだ。乱調子にそむいた心で自分がピアノを弾いて居るのにわけもなくヘッダの最後の舞台面を思い出した。

自分とは何の関係もない事でありながら斯の音に似たなげやりな調子のととのわない音についで起ったあのピストルの音を想って身ぶるいをして手をやめた、何だか悪い事でも起って来る前の様に千世子は重い気持になった。