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ちよこ

千世子

宮本 百合子

「宮本百合子全集 第二十八巻」新日本出版社、1981(昭和56)年11月25日

N3 · 进阶 · 新字新假名 · 83,104 字 · 164 页

青空文庫

千世子は斯う云いながらHのせなかについて居た葉を小指でつっつきおとした。

「そりゃあ人間なら男にだって女にだって有る事でさあネ、それに又、世の中が段々複雑になって行くとある程度までそれも必要になって来るんだからしようがありませんネ」

「いやな事ですわネエ、私なんか自分ではキットそんな心をもってないと思ってます、だから私はやきもちやきじゃあありませんわ」

千世子は源さんに見せつけてやりたい様なHが何とか思わせぶりな事でも云えばいいになんかとさえ思って居た。丸木橋の杉の森の遠くに見える川の上に立った時千世子は夢を見る様な目つきをして、「マア……」と云ったっきり今にもそこに座りそうな様子をした。何とも云えない快活な自然の景色は見て居ると段々体がとけ込みそうになるほど広く広く遠く遠く少し水蒸気のあるうす青い空には美くしいまぼろしと自然の音律を作ってする呼吸とがみちて居た。遠くに見える杉森は頭の下るほどに尊げに足元の水はかすかな白い泡沫と小さい木の葉をのせて岸の小石にささやきながらその面には一ぱいの微笑をたたえて歩いて行く。

あまり美くしい景色に会うとほんの二三秒は気が遠くなる様に目にも心にも何にもうつらないまっしろになって息づまる様な事が千世子にはよくある様に今日もなって、川の上に居ると云う事もせまい橋に立って居る