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ちよじょ

千代女

太宰 治

「改造」1941(昭和16)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,997 字 · 23 页

青空文庫

おばさんが笑って、あとでまた、と言って下さったので嬉しかった。緑の箱の上に、朱色の箱を一つ重ねて、手のひらに載せると、桜草のように綺麗なので、私は胸がどきどきして、とても歩きにくかった、というような事を書いたのでしたが、何だか、あまり子供っぽく、甘えすぎていますから、私は、いま考えると、いらいらします。また、そのすぐ次に、やっぱり柏木の叔父さんにすすめられて、「春日町」という綴方を投書したところが、こんどは投書欄では無しに、雑誌の一ばんはじめのペエジに、大きな活字で掲載せられて居りました。その、「春日町」という綴方は、池袋の叔母さんが、こんど練馬の春日町へお引越しになって、庭も広いし、是非いちど遊びにいらっしゃいと言われて私は、六月の第一日曜に、駒込駅から省線に乗って、池袋駅で東上線に乗り換え、練馬駅で下車しましたが、見渡す限り畑ばかりで、春日町は、どの辺か見当が附かず、野良の人に聞いてもそんなところは知らん、というので私は泣きたくなりました。暑い日でした。リヤカアに、サイダアの空瓶を一ぱい積んで曳いて歩いている四十くらいの男のひとに、最後に、おたずねしたら、そのひとは淋しそうに笑って、立ちどまり、だくだく流れる顔の汗を鼠いろに汚れているタオルで拭きながら、春日町、春日町、と何度も呟いて考えて下さいまし