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みなみさんのこいびと

南さんの恋人

豊島 与志雄

――「小悪魔の記録」――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,630 字 · 36 页

青空文庫

今も彼女は、平べったい拇指の爪をバッファーで丹念にこすっていた。ふだんと少しの変りもなく、ただ、寝不足らしい曇りが眼にあるきりで、そして頬の肉附のちょっとした険に、時折、ヒステリックなものがちらと浮んで、その度にバッファーの手先が急になるだけで、それもまたすぐゆるやかになり、その彼女全体が、十五貫の重みで落着きはらっていた。

マニキュアはまだ始まったばかりで、長くすみそうになく、それはおれの苦手だ。でもおれは隙つぶしに、正夫を庭に誘い出した。おれが自由に対話が出来るのは正夫とだった。

庭の隅よりに、池があった。まだ寒いせいか、緋メダカが底の方にじっとしていた。正夫はそのふちに屈んで、晴れかけてる空の雲が水にうつってるのを、じっと眺めた。それから水中をすかして見て、細い竹の先でメダカをつっついた。メダカはちょろちょろと、よろけるように泳いで、またじっと静まり返る。またつっつく。またちょろちょろと泳ぐ……。

「なぜメダカばかりなんだい。」

「メダカきり入れなかったからだよ。」

「なぜ金魚も入れなかったんだい。」

「メダカを食べちまうからだよ。メダカが一番先にはいってたんだ。