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みなみさんのこいびと

南さんの恋人

豊島 与志雄

――「小悪魔の記録」――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,630 字 · 36 页

青空文庫

そのために、今日やって来たんだ。分ってくれるだろうね。」――南さんが真剣なだけに、おれもさすがに冷やりとした。――「僕は君を……愛してはいないが、好きなんだ。あのまま別れるのも嫌だから、感謝してることをはっきり云って、何事も水に流して、気持よく握手しよう。」

登美子は石のように固くなっていた。南さんが手を差出したのも知らん顔で、ビールをあおった。

「ほんとに感謝していらっしゃるの。」

強い視線をちらと向けた。

「ほんとだ。」と南さんは自ら頷いた。

「あたしも、感謝していますわ。」

氷のような言葉だった。そして彼女は立上った。

「飲みましょう。あたし、酔っちゃうわよ。日本酒もってこよう。」

彼女は向うの女給たちに呼びかけた。

「いらっしゃいよ。南さんから、さんざんお惚気きかされちゃったわ。きいてごらんなさい、素敵よ。」

南さんはもう、快い――錐で痒いとこを突刺されるような感じらしい――微笑を浮べていた。

おれは頭をかいた。どうもはっきりしないんだ。いろいろなことはよく分るが、それがみんなばらばらでまとまりがつかないし、南さんの話にしたところで、恋人なんて一体何のことだか。