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なんとうたん

南島譚

中島 敦

01 幸福

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,434 字 · 11 页

青空文庫

哀れな賢い男も、時には、神々に祈ることがあった。病の苦しみか労働の苦しみか、どちらかを今少し減じ給え。もし此の願が余りに慾張り過ぎていないなら、何卒、と。

タロ芋を供えて彼が祈ったのは、椰子蟹カタツツと蚯蚓ウラズの祠である。此の二神は共に有力な悪神として聞こえている。パラオの神々の間では、善神は供物を供えられることが殆ど無い。御機嫌をとらずとも祟をしないことが分かっているから。之に反して、悪神は常に鄭重に祭られ多くの食物を供えられる。海嘯や暴風や流行病は皆悪神の怒から生ずるからである。さて、力ある悪神・椰子蟹と蚯蚓とが哀れな男の祈願を聞入れたのかどうか、とにかくそれから暫くして、或晩この男は妙な夢を見た。

其の夢の中で、哀れな下僕は何時の間にか長老になっていた。彼の坐っているのは母屋の中央、家長のいるべき正座である。人々は皆唯々として彼の言葉に従う。彼の機嫌を損ねはせぬかと惴々焉として懼れるものの如くである。彼には妻がある。彼の食事の支度に忙しい婢女も大勢いる。彼の前に出された食卓の上には、豚の丸焼や真赤に茹だったマングローブ蟹や正覚坊の卵が山と積まれている。