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なんぽうゆうしん

南方郵信

中村 地平

「文學界 第五巻第四号」文藝春秋社、1938(昭和13)年4月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,899 字 · 42 页

青空文庫

猪首の夫人が、肥った体を裾模様のある訪問着につつんで、気どりながら門のなかへ入ってきた時、牧の奥さんは丁度女中たちを指図して、土塀の内側に大根を乾しているところであった。その時奥さんは地味な紺の上っ張りを着こんでいたが、業々しい夫人の姿をひと眼見るなり、大根は莚の上に放りはなして、奥へ逃げこんでしまった。そして、客間へあがりこんだ夫人には、夫に代って応待して貰った。

郡長夫人は会の目的や功績について、ながながとしゃべったのちに、

「お宅のおかみさんにも是非……」

ときりだしてきた。部厚な夫人の膝の上に、旦那は眠そうな視線をおとして、呆んやりと夫人のおしゃべりを聞いていたが、とたんに、顔いろを変えてしまった。このおかみさんという言葉に全く自尊心を傷つけられたのである。

女というものは、一体に夫に対しては常に彼の社会的地位が低いことを痛罵するくせに、一旦、ひと前へ出ると、その同じい夫の地位を本能的にとてつもなく自慢するものである。郡長夫人は、官吏のしかも自分の夫以上の地位に在る妻君以外には、決して奥さんという言葉を使用しない方針であった。尤も彼女が住んでいる小さな町や、付近の村々には郡長以上の官職に在る役人は絶無であるから、彼女にとっては奥さんという言葉は全く死語同然であった。