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なんぽうゆうしん

南方郵信

中村 地平

「文學界 第五巻第四号」文藝春秋社、1938(昭和13)年4月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,899 字 · 42 页

青空文庫

六やんは旦那に近づいてくると、ひげだらけの顔いっぱいで笑いながら、古い、破れかかった麦稈帽子を脱いで、挨拶した。そして、なにか重大な話でもあるらしく、馬の手綱を欄干にしばりつけた。

「旦那さん……」

六やんは汗の匂いがぷんぷんするシャツ一枚の体を無遠慮に近づけてくると、まるで耳うちでもするような恰好でひっそりと切りだしてきた。

「お浜にお手がつきましたげなな……」

まぶしい川面の照り返しのなかに、筏がゆるやかに流れてくだるのを旦那は呆んやり眺めおろしていたが、びっくりしたように六やんの顔をふり返った。

「そりゃ、なんのことじゃ」

愚鈍そうに相変らず六やんは、にやにや笑っている。

「お浜がはらんどりますが……。旦那さんがええことなさった、という噂で」

言葉の意味がわかると、旦那は顔いろを変えた。怒りのために体が震えるくらいであった。旦那は「紳士」としてのたしなみを忘れて、六やんに暴力をふるいかねない剣幕を示し、両の拳をしっかり握りしめた。

しかし、旦那は唇をけいれんさしたまま、なんにも言わなかった。そして、呆気にとられている六やんを残したまま、すたすた自分の家へむかって歩きだした。