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なんきょくのかいじ
南極の怪事
押川 春浪
「中学世界」1905(明治38)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,508 字 · 33 页
巨浪のために呼吸はとまり、船具の破片等にその身を打たれて、身体を大檣に縛りつけしまま他界の鬼となりしならん、かく心づいて見れば、彼の額や胸の辺りには幾多の打撲傷あり、今や血の痕もなけれど、傷口は海水に洗われて白くなり、かえって物凄き感をあたう、その他の海賊等は云うまでもなく巨浪に呑み去られしものならん。
八
余はこの惨憺たる光景を見て、じつに名状すべからざる悲哀に打たれたり、およそ三十分間ばかり呆然と甲板上に立って四方を見渡すに、見渡すかぎり果しなき大海原にて、島も船も見えぬ事は、余が気絶以前と少しも異らねど、天地の光景はその時より数倍淋しく物凄くなれり、ここはいなかる海上なるや分らぬは云うまでもなく、船は今いかなる方角に向って走りつつあるやも分らず、羅針盤を見んにも羅針盤はすでに砕けたり。
それよりもなお心細きは、今は昼なるや夜なるや分らぬ事なり、時計はとまり、空を眺むるも太陽は見えず、また星も月も見えず、四方は真暗と云うにはあらねども薄暗く、空はあたかも泥をもって塗り込められしがごとくすべての物皆濁れる黄色に見ゆ、さればこそ余は先刻死せる