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なんきょくのかいじ

南極の怪事

押川 春浪

「中学世界」1905(明治38)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,508 字 · 33 页

青空文庫

九

船底に逃げこみ、昇降口の蓋を閉せば、その陰鬱なる事さながら地獄のごとし、しかり、ここはたしかに地獄なり、余の頭上にあたる甲板上には、今なお身を大檣に縛せるまま死せる人間もあるにあらずや。

船底は前にも云えるがごとく、昇降口の破れ目より打ちこみ来りし海水に濡れて、ほとんど坐るに所もなし、余は何よりも寒さに堪えねば急ぎ衣服を着替えんと余のトランクを開くに、幸い衣服は濡れずにあり、ただちに濡れたるを脱いで新しきを身に着けしが、二枚や三枚にては到底寒気を防ぐあたわず余はトランク中のすべての衣服を着尽したれど、なお寒さをしのぐあたわず、毛布は着んにもすでに濡れたり、いかがはせんと思案せしが、ヨシヨシ船尾の方にあたる倉庫中には、たしかに船員の衣類があるはずなりと、余はただちにそこに走り、なお消えやらで天井に懸りいたりし船燈を取って倉庫中を捜しまわるに、衣類とては一枚もあらざれど、片隅には燈油箱などと相列んで、数十枚の毛布積み重ねてありたれば、試みに手を触るるに、ここには海水打ちこみ来らざれば濡れてはおらず、天の与えと打喜び、ただちに三枚の毛布を重ねて衣服の上にかぶり、ようやく少しく寒気をしのぎたり。