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なんがをかくはなし
南画を描く話
中谷 宇吉郎
「中央公論」1941(昭和16)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,968 字 · 24 页
前に油絵を始めたのは、寺田先生の油絵を見て羨しくなったのが機縁であった。大学を卒業して、先生の助手になった時に、初めて油絵具というものを買った。そして油絵具にはいくら油をさしても色は淡くならない、そういう場合には白を混ぜるのであるという知識だけを基にして、十枚ばかり色々と工夫して油絵を描いて見た。
十枚目くらいになって、やっと自信のある作品が出来たので、先生の御宅へ持って行って御目にかけた。そしたら先生から「ふうん、およそ油絵というものを少しでも習った人ならば、こうは描くまいという風な工合に描いてあるね。なかなか面白い」と褒められた。それに勇気を得て、その後益々精進することになったわけである。
ところで、今度の南画にも、もう亡くなられた先生との直接な機縁があるのには、自分でも少し驚いている。
もう一昨年のことであるが、その頃まだ伊東で病後の静養をしていた私のところへ、津田青楓さんから、或る日小さい小包が届いたことがあった。あけて見たら、一尺五寸角くらいのくしゃくしゃになった紙片に淡彩の墨絵を描いたものがはいっていた。書架と花の絵で、その下に、大正八年一月五日寺田寅彦と、毛筆でローマ字の署名がしてあった。