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なんろ

南路

宮本 百合子

「太陽」1922(大正11)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,813 字 · 63 页

青空文庫

単調な長旅で、もういい加減心も体も疲れている。

これで、紐育へも着いたのか、と思い、安心と新たな緊張とで、何心なく窓に近寄ろうとした途端、彼方から、思いもかけない鐘の音が、カラーンカラン、カラーンカランとなり始めた。

幾昼夜、耳に聴えた物音といえば、急しい車輪の轟か、神経を刺す鎖の軋りばかりであった。そこへ図らずもこの抒情的な Ring a bell をきき、自分は、暫くそこに立ち尽したまま、身動きも出来ない心持になった。

ここにも生活がある。ここにも暖い冬日の大都市がある。その地上へ。その市中へ。――見えない心が導いて、未知の圏境へ、しっかり憧れを結びつけるような親密と懐しさとが、胸に満ち溢れて来たのである。

――そのときから、まる一年と二ヵ月が経った。今、自分の立っているのは、嘗て自分を迎え入れてくれたと同じ停車場である。

あのとき、私の傍には父がいた。が、今、四枚の切符を、手套をはめた手で揃えているのは、良人である。

どこからも鐘の響は聞えない。

石畳みの、広く高いホールには、かげの方から差し込む白い艶消しの光線が漲って、踵の音を四辺に反響させながら、旅行服の婦人が通る。