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なんろ
南路
宮本 百合子
「太陽」1922(大正11)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,813 字 · 63 页
自分は、はっきりと、遮断された闇の中に、先刻ちらりと見た鳥打ち帽の浮浪人らしい男の姿を思い浮べた。どこかの隅から狙われていそうで、何となく心持が悪い。けれども、まさか、ほんとに何をしようというのではないだろう。
「大丈夫よ。お金が貰えなかったから、一寸面白半分に脅かしたのよ」
「そうでしょう。けれども、心持が悪いからね。貴女がいなければ、そんなことは何とも思わないが。……」
よく見る活動写真の或る場面がふと自分の眼に浮んで来た。それと同時に、切迫した不気味さは、忽ち当面から去ってしまった。
「ちょうど、夜中にテキサスに入るから、油断なさると大変よ。私が攫(さら)われでもすると、△△△氏追撃の光景でござい、をお遣りにならなければならないわ」
「馬鹿な!」
私共は、怖いにしては、かなり陽気な苦笑いをした。
けれども、停車場を離れ切るまで、さすがにまたとデックに立つ心持はしなかった。
六
十一月二十一日。
昨夜の脅し文句は、もちろん現実に何の形をも顕わさなかった。周囲が明るくなってから考えて見れば、その男は何心なく云った挨拶を、却って良人の方が、旅人らしい神経過敏で受取ったのではあるまいか、とさえ思われる。