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なんろ

南路

宮本 百合子

「太陽」1922(大正11)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,813 字 · 63 页

青空文庫

けれども、内容は、落付かない往来を歩き歩き読むような種類のことではなかった。始めは、何でもない家庭の情況、次に、改めて「卿等」という、父には稀らしい呼びかけの言葉で、我々の結婚に対する返事が書かれているのだ。

私は、それを良人に見せ、

「あとにしましょうね」

と云って、仕舞って貰った。瞬間、父や母の面影が見え、自分は云いようのない心持がした。――

暫く、店舗やデパートメント・ストアの賑やかな街道りを歩き、私共はその頃評判であった“Broken Blossoms”を看た。それから、夕靄の罩(こ)め、燈火の煌(きら)めくブロードウエーを、ずっと下町に行って、食事をした。家に帰ったのは、およそ八時頃であったろうか。

湯をつかい、楽な部屋着に換え、窓枠に載せて置いた草花の鉢をとりこんだりしてから、さてゆっくりと、先刻(さっき)の手紙を読み始めたのである。

文面は、如何にも父や母の慈愛と、率直な真心とを漲したものであった。遠く離れている彼等の心配と、幸福を祈ってくれる心持とが胸に滲みるように感ぜられた。

恐らく父は、食堂の隅にあるライティング・テーブルの前に坐って、大きな暖い頭を心持右に傾げながら、考え考えこの手紙を書いてくれたのだろう。