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はんこう
反抗
豊島 与志雄
「国民新聞」1921(大正10)年8月4日~11月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 140,121 字 · 282 页
ふと気が付くと、いつしか保子の家の前に出ていた。横田禎輔という檜板の表札が彼の眼を惹きつけた。彼はそれを初めて見るかのようにじっと眺めた。
と突然、彼は息を凝した。女中が腕に何か抱えて二階の縁側に出て来た。彼はつと足を返した。高く動悸してる胸を押し鎮めていると、頭の中に罩めていた靄が消えて、過去の全景が遠くまで見渡された。凡てが空しかった。空しい中にただ一つ、吉川の黒い影がつっ立っていた。彼は幽鬼に出逢ったような慴えを感じた。それから脱することが、やがて凡てから脱することのように感ぜられた。彼はきっと唇をかみしめて、何物にとも分らない漠然とした反抗の気勢に、心の底迄身内を戦かせた。
せめて隆吉に一目逢いたいという気が起りかけるのを、彼は自ら押し潰した。そして日当りのいい方向へと、当もなく歩き続けた。眼には熱い涙が一杯溜っていた。
四十五
水曜の晩、周平は八時半頃蓬莱亭へ行った。もっと時間を後らして、皆が酔ってしまった頃行きたかったが、待ってるのが堪えられなくなった。
彼は二三度その前を往き来して、それから下腹に力を籠めながら、突進するような気で中にはいっていった。