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よしだしょういん
吉田松陰
徳富 蘇峰
「国民之友」1892(明治25)年5月~9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 135,622 字 · 269 页
松下村塾の名は、その内叔玉木、外叔久保らが相接して用いたる村学にして、松陰これを襲用したりといえども、吾人がいわゆる松下村塾に到りては、松陰を推して、その開山とせざるべからざるものあり。蓋し松陰が、自ら松下村塾に直接の関係を有したるは、僅かに安政三年の七月より、安政五年の十二月までにして、即ちその歳月は、二年半に過ぎず。而してこの二年半の歳月が、未来における日本の歴史に、千波万濤の起激点となりたるは、何ぞや。彼れ何を以てかくの如き大感化を及ぼしたるか。曰く、その人に在り。曰く、その時勢に在り。曰く、その教育の目的に在り。曰く、その教育の方法に在り。
彼は、精を窮め、微に入り、面に※(「目+卒」、第3水準1-88-86)れ、背に※(「央/皿」、第3水準1-88-73)き白鹿洞の先生に非ず。彼は、宇宙を呑み、幽明を窮むる橄欖林の夫子に非ず。彼は学未だ深からず、歳末だ高からず、齢未だ熟せず、経験未だ多からず、要するにこれ白面の中書生(老書生といわず)のみ。而して彼が力よりも多くの感化を及ぼし、彼が人物と匹敵する、ある点においては、むしろ彼より優れる弟子を出したるは何ぞ。