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よしだしょういん

吉田松陰

徳富 蘇峰

「国民之友」1892(明治25)年5月~9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 135,622 字 · 269 页

青空文庫

〔註〕左に掲ぐるは、余が今春熱海漫遊の後、『国民新聞』に寄せたる「熱海だより」中の一なり。その語る所未だ全く松陰手録の「廿七夜記」と符合せざるものあれども、当時の情況概見すべし。

兼て松陰吉田氏の事に付いては取り調べたき事もこれ有り、旁た都合もあらば下田港まで探検に出懸けたきつもりにて、その旨熱海小学校訓導内田氏に相話し候処、同氏申さるるよう、ただ今当学校裁縫科の教師たる岡崎総吉と申す仁こそ下田において松陰を宿泊せしめたる旅亭の主人の子なれば、多少承知致しおらんと。遂に同氏の紹介にて岡崎氏に面会致し候。その仁は五十前後とも覚えられ、職人膚を帯びたる温厚の人物に見受け申し候。今小生の問うに応じて彼人の答えたる一斑を左に申上げ候。

自分が家は下田港の近傍岡方村と申し、父なるもの旅人宿を営み岡方屋と申し候。その頃は純粋の旅亭と申すは自分宅の外僅かに他に一軒あるのみにて、外船到来後は衆客輻輳致し候。

安政元年の春暮なんとする頃、二人の武士入り来り候。彼らは天城山を越えて来りたる様子にて、随分疲労したるかと見受け候。両人共に二十三、四とも見ゆる若者にて、下田見物のため罷り越したと申し候。