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めいしょうまんげつ
名娼満月
夢野 久作
「富士」1936(昭和11)年4月15日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,840 字 · 37 页
間もなく眼の前に屹立っている長崎随一の支那貿易商、福昌号の裏口に在る地下室の小窓から臭って来ることがわかった。そっと覗いてみると、暗い、微かな光線の中に一面に散らばった鋸屑の上に、百斤入と見える新しい味噌桶が十個、行儀よく二行に並んでいる。残暑に蒸るる地下室で、味噌が腐りそうになったので、小窓を開いて息を抜いているものらしかった。
そこで千六は暫く腕を組んで考えていたが、忽ちハタと膝を打って、赤い舌をペロリと出した。
「……そやそや……味噌桶と見せかけて、底の方へは何入れとるか知れたもんやない。この頃長崎中の抜荷買が不思議がっとる福昌号の奸闌繰ちうのはこの味噌桶に違いないわい。ヨオシ来た。そんなら一つ腕に縒をかけて、唐人共の鼻を明かいてコマソかい。荷物の行く先はお手の筋やさかい……」
そんな事をつぶやくうちに千六はもう二十日鼠のようにクルクルと活躍し初めていた。
先ず福昌号の表口へ行って、その店の商品の合印が○に福の字である事を、その肉の太さから文字の恰好まで間違いないように懐紙に写し取った。その足で長崎中の味噌屋を尋ねて、福昌号に味噌を売った者はないかと尋ねてみると、タッタ一軒、山口屋という味噌屋で三百五十斤の味噌を売ったというほかには一軒も発見し得なかった。