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めいしょうまんげつ

名娼満月

夢野 久作

「富士」1936(昭和11)年4月15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,840 字 · 37 页

青空文庫

月は満月。人も満月。桜は真盛り……。

島原一帯の茶屋の灯火は日の暮れぬ中から万燈の如く、日本中から大地を埋めむばかりに押寄せた見物衆は、道中筋の両側に身動き一つせず。わけても松本楼に程近い石畳の四辻は人の顔の山を築いて、まだ何も通らぬうちから固唾を呑んで、酔うたようになっていた。

そのうちに聞こえて来る前触の拍子木。草履のはためき。カラリコロリという木履の音につれて今日を晴れと着飾った花魁衆の道中姿、第一番に何屋の誰。第二番に何屋の某と綺羅を尽くした伊達姿が、眼の前を次から次に横切っても、人々は唯、無言のまま押合うばかり。眼の前の美くしさを見向きもせず。ひたすらに背後を背後をと首を伸ばし、爪立ち上って、満月の傘を待ちかねている気はいであった。

銀之丞、千六の姿も、むろんその中に立交っていた。よもや満月花魁が、俺達の顔を見忘れはしまい……あれ程の仲であったものを……という自惚れと、見咎められては生きながらの恥辱という後めたさとが一所になった心は一つ。互いに後になり先になり、人垣を押しわけ押しわけ伸び上り伸び上りするうちに、先を払う鉄棒の響。男衆の拍子木の音。