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よばれしおとめ

呼ばれし乙女

岡本 かの子

「令女界」1938(昭和13)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,165 字 · 11 页

青空文庫

、千歳にはかなり寂しい出来事だったに違いなかった。

今、山道で久しぶりに慶四郎の傍にいて、何か易々とした安心にゆるんで来て千歳は子供のときのように、うっかり慶四郎にもたれかかったりするのであった。

慶四郎は、その千歳をいとしそうに労りながら、

「疲れたのかい。もう少しの辛棒」

青葉の包みをほぐした中に在るように、須雲村が目の前に現れて来た。燻んで落付いた藁屋が両側に並んでいる。村の真中の道に沿うて須雲川から下りた一筋の流れが走っている。覗くと水隈だけ見えて、水は眼にとまらぬ程きれいに底の玉石へ透き徹っていた。谷畑から採って来た鮮かな山葵の束が縁につけてあるのがくんくん匂う。

「いいとこね。まるで古い油絵を剥してもって来たようね」

「気に入ったかい、まあ、ここにかけ給え」

慶四郎は温泉宿の祝儀手拭を取出して敷いた。千歳はそれに自分のハンケチを重ね、その上へ坐った。

慶四郎は無造作に傍の石に腰かけてしばらく莨を喫っていたが、やがて、しっとりとした声で言った。

「僕はこの前、ひとりでここへ来たとき、一つの夢を思い付いたのだ」

夢という言葉は慶四郎の口癖で楽人仲間では有名であった。