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とらわれ

囚われ

豊島 与志雄

「早稲田文学」1915(大正4)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,848 字 · 42 页

青空文庫

その眼には人の心を魅惑せねば止まない本能的な光りがあった。唇が殆んど捉え難いほどにちらと動いた。ふっくらとした頬の皮膚には滑らかな感覚が漂っている。

孝太郎はつと手を延して彼女の手を取った。温い触感が彼の全身を流れた。とそれが突然彼の胸をぎくりとさした。彼は喫驚して女の顔を見た。怪しい鋭い眼が其処にあった。

孝太郎は我知らず急に立ち上った。頭の中で何かがわやわやと立ち乱れた。そして彼の室の中を歩き廻った。

二人の間にちぐはぐな沈黙の時間がすぎた。午後の弱い日の光りの障子に写している木の枝が、ちらちらと揺れていた。

「あなたはまだ決心して被居らないのね。」と富子が静に云った。

「私には分らない。」

「何が?」

「何にも。」

それきり二人はまた黙ってしまった。富子はじっと畳の上を見つめていた。そしてやや暫くして彼女は、孝太郎の方は見ないで口早にこう云った。

「あなたは私をどうなさるおつもりです。」

「あなた私に何を求めるんです。」と孝太郎はすぐに我知らず反問した。

富子はぶるぶると肩を震わした。と間もなく彼女の眼から大きい涙がぽたりと膝の上に落ちた。それから彼女はじっと坐ったまま止度なく涙を流した。