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とらわれ

囚われ

豊島 与志雄

「早稲田文学」1915(大正4)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,848 字 · 42 页

青空文庫

」

「だって……。」と云いかけたまま富子は心持ち首を傾げた。

そういう時富子の肉体は特に魅力を増した。彼女は頬から頸へかけて柔いふっくらとした肉がついている。それをけだるそうに左に傾げて、左手の指先で軽くそれを支えるようにするのは彼女のいつもの癖であった。その手指と頸の肉との接触にある感覚が漂っていた。

それをじっと見ている恒雄の眼を見た時、孝太郎は一人苛ら苛らして来た。

「それに私は今日少し用がありますから。」と孝太郎は云った。

「それじゃ僕一人行って来ましょう。」と恒雄は眉をあげて云った。

恒雄が仕度している間、孝太郎はまだ行こうか行くまいかと迷っていた。

そしてぐずぐずしている間に恒雄は家を出て行った。

その時、富子はほっとしたように孝太郎を見た。彼は何だかひどくそわそわとして、そのまま黙って二階に上ってしまった。

一人になった時孝太郎はやはり行かなくてよかったと思った。もう身を動かしたくないような気分が彼のうちにあった。然し富子と二人で家に残ったことが深く彼の心を咎めた。それは恒雄に対する単なる思いやりばかりでなかった。こうして一人富子の姿を思い浮べるのが自分自身に対しても何となく憚られたのである。