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としょかん

図書館

宮本 百合子

「文芸」1947(昭和22)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,707 字 · 14 页

青空文庫

それは、あの顔であった。図書館につきものの顔である。が、髪の白さはどうだろう。脊のかがまり工合はどうだろう。この人は最近に全く老人になった。ひょいと、何かのはずみで、その人がこちらへ顔の正面をむけた。私は、一層おどろいた。その顔は、さっき正面からじっとみていたときには、別人としか思えなかった円顔の老司書の容貌である。栄養が十分足りて、ふくらんでいるとは思えない、むくんだような艷のわるい老司書の顔である。再び横に戻ったその輪廓を眺めれば、それはまぎれもない昔馴染の耳の下から顎へかけての線である。生活の物語が、そこから溢れてこちらの胸に流れ入るように感じられた。歳月によって老い、面変りした正面の顔、それにもかかわらず失われることのないその人の俤が小さく保たれている横の顔。こんな永年、経済の上では成り立ちようもない俸給で司書の仕事をしつづけて来ているのだから、この人の三十年の生計は平安であり、寧ろゆとりがあるものかもしれない。そうだとしても、三十年という時間は人生における何かである。そして、この人は三十年間一つの仕事にしたがいつづけ、高い卓のうしろのその場所から動かなかった。