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とち

土地

豊島 与志雄

「青年」1924(大正13)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,719 字 · 22 页

青空文庫

「早えな。」と音吉は声をかけた。

「草刈りに出ただ……。一体お前はそんな服装して………。」

「これから町せえ行くだ。」

そして音吉は相手の顔色を窺った。

「ああそうか。」と云いながら専次は眼で笑った。「おたかんとけえ行くんだろう。知ってるだとも。大丈夫誰にも云やしねえよ。……早う行けよ。」

「誰にも云わねえか。」

「云やしねえったら。……おらもなあ、そのうち逃げ出そうと思ってるだ。こんな所え愚図ついてちゃつまんねえや。その時は頼むぞ。……だが早う行けよ。めっかると面倒だぞ。」

「よし。」

音吉はすたすたと街道を進み出した。歩きながら懐の財布に手を触れてみた。向うの雑木林の彼方には、一筋の軽便鉄道が走っていた。

専次は其処に佇んで、音吉の姿が雑木林の中に見えなくなるまで見送っていた。それからほっと溜息をついたが、急に思い出したように、路端の草の上に手洟をかんだ。

その日は、そしてなお数日の間は、平助の姿が荒地に見られなかった。

雨のない暑い日が続いた。太陽が沈むと、西の空は紅く夕映の色に染められた。夜が明けると、強い朗かな朝日の光が大地の上に照った。そして昼間は、陽炎が野から立昇り、水田の水が湯のように温んだ。