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とちにかえる

土地に還る

豊島 与志雄

――近代説話――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,523 字 · 22 页

青空文庫

もう正子は、消えるように、表の方へ音もなく出て行きました。保子が長火鉢のところから立ち上って、縁側から外をすかし見た時には、正子の気配さえありませんでした。

坪谷は保子と房を見合わせました。

暫くして、保子は言いました。

「あすこの家、みんな変っていますね。変り方はそれぞれ違ってるけれど……。」

そしてちょっと田中一家の批判が出かかりましたが、夫婦とも、なにか気兼ねでもするかのように、すぐにやめました。それから保子は直吉に言いました。

「でも、正子さんはいい人ですよ。そして、どうやら、笠井さんを好きらしいわね。」

それに元気づいたかのように、坪谷はいいました。

「君は正子さんの跛にたいへん親切だっていうじゃないか。そして正子さんも、君のその……火傷に、たいへん親切そうじゃないか。」

笠井はただ苦笑しました。そして焼酎を飲みました。もう何も口を利きたくない気持でした。先刻正子が立ち現われた時、彼女に注いだ自分の赤目の凝視が、意識にはっきり戻ってきていました。それは恐らく、何物をも見竦めてしまうような異様な視線だったことでしょう。なぜあの時、我を忘れてそのような見方をしたのでしょうか。